5月1日午後3時

世界のジオメイトのみなさま、ごきげんよう(・ω・)ノ🌹

男鹿半島・大潟ジオパーク認定ガイド兼ジオパーク専門員のたかみーです⛄

男鹿水族館GAOのホッキョクグマの赤ちゃんの名前がモモ太に決まりましたね!私はかぜまる推しだったんですが、モモ太という候補をみたとき「あ、これモモ太じゃん」と直感で思いました。モモ太くんに会いに行かれる方は、ぜひ水族館周辺の岩脈や球顆流紋岩、スイス人女性犠牲者の慰霊碑も見ていってください。また、男鹿市ジオパーク学習センターのすみっこ企画展ではさまざまな流紋岩を展示しています。雨の日でも快適な屋内でジオパークをお楽しみください♪

さて、本日は5月1日ですが、

昭和14年5月1日午後3時に男鹿半島で大きな地震がありました。87年前の日中戦争下での出来事なので、男鹿で生まれ育った人でも若い世代は知らない人もいるかもしれません。

先日、加茂青砂地区に行く機会があったのですが、合川南小学校の児童の慰霊碑のお掃除をしている地元の方(50代と96歳の女性お二人)と偶然お会いして、地震のことについてちょっとお話を聞くことができました。

↑ 合川南小学校児童地震津波殉難の碑は、昭和58年5月26日に発生した日本海中部地震の津波の犠牲となった合川南小学校の4・5年生13名の慰霊碑です。いつも地区の人たちによってきれいに保たれています。

96歳とのことだったので、もしかして昭和14年の地震について何か知ってるかも!?と思って聞いてみました。

当時は10歳くらいで、北浦にいたんだそうです(加茂青砂には嫁いできたとのこと)。家の中にいたら、急に家の上をダンプが走った!?と思うほどの衝撃で、お家を出て竹藪に逃げ、家族一緒に竹藪の中で一夜を明かしたと教えてくれました。

ちなみに日本海中部地震では津波が防波堤を越えて建物に浸水することはありませんでしたが、爆弾低気圧(2012年4月)のときは波が防波堤を越えて石碑のあたりまで来たことも教えてくれました。これは知らなかったので目からウロコな気分でした。

自然災害の被害や教訓を伝承する石碑(自然災害伝承碑)は男鹿半島・大潟ジオパークに7基あります。自然災害伝承碑を防災・減災に活用しようという動きが全国でありますが、災害を経験した人の生の声はやっぱり強いなと思いました。でも、過去の災害を経験した人はやがていなくなります。地域の人との何気ないおしゃべりから、これからの災害伝承の課題が見えてきたような気がした出来事でした。

男鹿市ジオパーク学習センターには地震に関する展示ブースもありますので、ジオパークをぜひ防災・減災の学習にもお役立てください。

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