最終回ぶらりジオの旅 ~大潟村編Part2~

こんにちは、コンバインイクタです。

前回長くなってしまった部分を切り取ってコピペしようとしたら間違えて消してしまいました。
ショック・・・😢😢😭
なので早速Part2やっていきますよ~!
Part1ではメジャーどころをやってきたので、今回は比較的マイナー(?)なところを・・・

 

IMG_5318 t3_slider_1👆ここは『旧八郎潟入植指導訓練所』です。上が現在、下が訓練所時代。
第1次入植者から男の人たちはここで1年間農業の訓練を受けていかれました。女の人や子どもたちはみんな三角屋根のお家で待っていたのです・・・。
また、この訓練所に入るためには試験を受ける必要があり、倍率は4倍から11倍にも上りました。
ちなみに訓練所の食べ物はとても美味しかったみたいですよ🍚

 

IMG_5310👆こちらは『南の池記念公園』です!
八郎潟干拓工事の完工を記念して出来た公園です。このオブジェの周りには第1次入植者~第5次入植者の方の名前が刻まれています。
南の池公園はキャンプ場も兼ねていて、春は桜と菜の花ロード同様桜が美しく咲きます。そのこともあってか(?)、多くのキャンプ利用者で賑わっています。桜が散ってからも多いですけどね!夏が一番利用者が多いのではないでしょうか?私はアウトドアというものにとことん疎いのでちょっとわからないんですけどね・・・

IMG_5313IMG_5312👆近くには第3次、第4次入植者の方の50周年記念石碑が建っていました。他の入植の方の石碑も村内にあります。私の家は第3次入植なので、記念にぱしゃり🤳

 

IMG_5317👆続いては『大潟神社』。
祀られている神様は天照大神・豊受大神・八郎太郎大神の3神です。
天照大神と豊受大神はどちらも農耕の神様として祀られています。八郎太郎は、八郎湖を産み出した神として大潟神社に祀られることとなりました。
神社を建てる際に使われたものに、伊勢神宮の⛩️瀧原竝宮(たきはらのならびのみや)⛩️1棟の古材が丸々使われています。なので大潟神社は由緒正しい、名のある神社なのです。

 

最後に忘れてはいけないのが・・・

IMG_4715👆『大潟村干拓博物館』です!
博物館は今年で創立22年目を迎えました。中では昭和の一大事業・八郎潟干拓の歴史を知ることができます。
👇他にも・・・

2-2_地層3大潟村の地層の剥ぎ取り標本を見ることができたり・・・

4-5_展示54-6_展示6実際の家具や重機を使った人形での展示は、今にも動き出しそうで迫力満点です!

でも見るだけじゃどういう話なのかわからない・・・どんな暮らしだったのか知りたい!そんなときには大潟村案内ボランティアをご利用下さい😊
入植当時のお話や今と昔の農業の違いなど、さまざまなお話が聞けますよ♪
※一週間前の予約が必要です。

 

長々と紹介しましたが、これにて大潟村編も終わりです。
そして同時にぶらりジオの旅も終わりになります😭

また、私事ですがこの10月31日を持ちましてこの仕事から離れることになりました。
まだまだジオパークのことを知ることは出来ていませんが、携わることができてとても楽しかったです!

いつかまた、お会いする機会がありましたらそのときはよろしくお願いします😳

いちブログ担当、コンバインイクタでした!

 

へば、まんず👋

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最終回ぶらりジオの旅 ~大潟村編Part1~

こんにちは、コンバインイクタです🙂
最近はめっきり寒くなってしまって、朝晩はお布団と猫🐱が手放せません。

今回はついに最終回、我が故郷大潟村編!Part1!
早速行きますよ~🏃‍♀️💨

 

IMG_5300👆まずは一番メジャーなところ、『大潟富士』です!
大潟富士は日本一低く、頂上に登ると海抜0メートルになるという山です。
中の土台はなんと発泡スチロール!なぜ発泡スチロールを使ったかというと、大潟村の土壌が軟らかいため土が中々作れなかったからという話。
そうです、大潟村の土壌はとても軟らかいのです。昔は田植えなどの作業中に土が軟らかすぎて農機具が埋まってしまい、いわゆる「🐢カメ状態🐢」になったこともしばしば・・・。

隣には当時の水位を表す水位塔が建っており、頂上に立つと水位塔と同じ目線になることができます👀

 

IMG_5297👆こちらは『経緯度交会点標示塔』。日本で唯一、北緯40度と東経140度が交わる場所になっています。
10度単位で交差している日本の陸地ではここだけ!それはなぜかというと、干拓したことによって陸地に変わったからなんですね。なので、湖のままだったら特に何もなかったという。
大潟村の他にはアメリカのニューヨーク、中国の北京、イタリアのナポリなどなど・・・。名だたる国の都市の中で日本は大潟村だけ!面白い。めちゃくちゃド田舎やんけみたいな。2022年現在の交会点はここより少しだけ離れてはいますが、ここに立つとニューヨークや北京に立っているのと同義・・・になるかもしれません。

大潟富士と経緯度交会点は、干拓博物館で『大潟富士登頂記念証明書』と『経緯度交会点到達記念証明書』をもらうことができます。
ここに行ったらぜひ干拓博物館でカードを貰っていってくださいね!無料で配布しています☺

 

IMG_5306 IMG_5307👆続きまして、『国指定大潟草原鳥獣保護区』です🦅
大潟村は野鳥の楽園と言われるくらい、さまざまな野鳥が飛来してきます。その中でも有名なのは白鳥やマガン、ヒシクイ、ハクガンではないでしょうか🦢
特に、ハクガンに関しては毎年飛来しているかどうかと問合せが来るぐらいの人気っぷりです。
そして忘れてはいけないのがチュウヒの存在です!大潟村に生息するチュウヒは、NHKの番組『ダーウィンが来た!』で取材されテレビ放映もされました。そのとき撮影のためにヤグラを立てたのですが、その敷地が私の家の田んぼだった・・・というのは蛇足でしょうか。

この大潟村の鳥を撮影し続けた村民の堤朗氏の写真展が現在大潟村干拓博物館で展示中です。ぜひ一度、圧巻の鳥たちを見に来てください!

長くなりましたので、いったんここで区切らせてもらいます。次回、Part2にて!

 

へば、まんず👋

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第七回ぶらりジオの旅 ~潮瀬崎編~

こんにちは、コンバインイクタです😊
10月に入り、やっと暑さも落ち着いてきましたね~。暑さの次は台風に(というか気圧差に)怯えている毎日です。

 

今回も男鹿に行ってきました!
前回の館山崎から少し西に進んだ先にある潮瀬崎です!

 

まずは車を上に停めます。
IMG_5066👆停めた場所から、まず最初に目に入ってくるのがこの『帆掛島』でしょう。
帆掛島は男鹿半島最大級の一枚岩です。帆掛船(船といえば真っ先に出てくる、海賊船にありがちなやつ🏴‍☠️⚓)に似ていることからこの名前が付けられました。

 

IMG_5055👆下まで降りて停めてはいけないので、ちゃんと看板に従いましょう。危ないのでね!

 

降りた先で一番に目に入るのが
IMG_5056👆仲良く並んでいる『双子岩』です。
双子岩は火山噴出物でできていて、元々あった岩石の割れ目にマグマが入り込んで固まった岩脈等を見ることができるとか。岩床と岩脈をいっぺんに見られる場所になっています。

 

IMG_5057👆双子岩から少し進むと、左手側に『潮瀬埼灯台』
IMG_5058👆『カメ岩』を見ることができます。
カメ岩、頭に対して甲羅の比率がデカすぎる

 

IMG_5060👆その奥へ進んでいくと、かの有名な『ゴジラ岩』に出会えます。
ゴジラ岩と名付けられたのは平成7年、実に約30年も前のことです。口の部分と夕陽がちょうどかち合うと熱線を放射しているように見えるのがかっこよく、実際当ジオや男鹿市の観光の画像にも使われています。
ゴジラ岩は3000万年前の火山礫凝灰岩が風化したことによって出来た自然なものです。海の近くに出来たというのも、海棲生物だったゴジラと偶然の一致をしてて面白いですね😂

 

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IMG_5059👆ゴジラ岩のすぐ手前にあったものと、ゴジラ岩から更に海へと進んだ先にある『ゴジラの尻尾岩』。
この岩は、まだ固まっていない泥の上に火山灰や火山礫が一気に堆積したため、その重みで泥が火山灰や火山礫の中に押し出され、そのまま固まったもの・・・らしいです。
なんとなく想像はつくけど口で説明するのはめちゃくちゃ難しいですね・・・💦

 

最後はガメラ岩🐢・・・と思ったんですが、全然見つけられなくてどこ?ってめっちゃ探しました。
本当に見つけられない。見つけ方が分かる人は一報ください。
こういう時にガイドさん等に頼んでいたらわかりやすいのかもしれませんね😊

 

これにて潮瀬崎編は終わりです!
これで男鹿の中央部エリア、南海岸エリアの主要部は回ったと思います。
西海岸と北海岸は全然・・・ですが諸事情により、次回大潟村編をもってこの『ぶらりジオの旅』は最終回とさせていただきます。
ここまでお付き合いくださりありがとうございました😢
最終回じゃないぞよ もうちっとだけ続くんじゃ🐢

 

へば、まんず👋

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第六回ぶらりジオの旅 ~館山崎編~

こんにちは、コンバインイクタです。
残暑の厳しい9月ですが、みなさんはいかがお過ごしですか?🌞
秋田は今現在台風が差し迫っています。しかもイクタの家は稲刈りをまだしていないので、このままでは稲が転んで刈りにくくなる確立100%です。どうやったら刈りやすい良い米になるのか・・・分析しろ!データに基づけ!

はい、茶番はこれにて終わりです。

今回は男鹿の館山崎に行ってきました!
館山といえば、おそらく有名なのは千葉の方かと思われますが・・・男鹿にも館山(崎)はあります。

船川方面から進んでいくと、まず最初に見えるのが『金崎』です。
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👆金崎の崖の高さはおよそ35メートル、10階建てのマンションが同じくらいの高さになっています。
この写真から見える岩石は、火山礫凝灰岩(かざんれきぎょうかいがん)という火山活動で形成されたもので、
波の激しい浸食によって削られてこのような断崖(海食崖)になったそうです。
よく見ると鏡肌という、断層面に沿って岩盤がずれ動いたときの摩擦で生じた、鏡のような光沢のあるなめらかな面を見ることができることも。
35メートルを削り取る波、ほぼ津波すぎて怖い。

 

次に進んでいくと、ツバキの自生北限地帯があります。が、今回はツバキが生えていないためスルー。
今度はツバキの見頃に行ってみたいですね。冬頃でしょうか?品種、なんなんだ・・・。

 

そのまま進んでいくと、椿の白岩』が現れます。
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👆この椿の白岩もまた火山礫凝灰岩です。江戸時代の旅行家・菅江真澄はこの椿の白岩を見て「雨と潮に濡れてその色は青ばみ、異様に見えた。」「舞茸のような形」と言ったそうです。
今回私が行ったときは晴れ時々曇り、のような天候だったのでこんな風に真っ白に見えましたが、天気の悪い日に行くと菅江真澄の言ったような白岩が見られるのでしょうか?
この椿の白岩、私のように船川方面から来た場合スルーしがちなスポットらしいです。車を停めるところも難しいですからね・・・!見に行かれる際は、ぜひこの真っ白な岩をお見逃しなく🙌

 

その白岩を左折すると、いよいよ奇岩の密集地です!

 

まずは目玉、館山崎といえばこれ!『グリーンタフ』です。
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👆接写。
グリーンタフもまたまた火山礫凝灰岩のひとつ。それなのになぜこちらはこんなにも鮮やかな青緑色をしているのかというと、火山活動による熱水で変質したからだそうです。近くで見てみると穴がたくさんぷつぷつ空いてますね。
このグリーンタフという名前の発祥はここ男鹿の館山崎だと言われています。元々緑石凝灰岩と言われていましたが、1898年にフィールドネームとして『グリーンタフ』と使われて以来、広まったとされています。
分布は北海道北見から日本海側にかけてずっと福井の方まで広がっています。なぜ日本海側にだけ広がっているのか・・・おそらくさまざまな方が論文にして出していると思われますが、今回は割愛。

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👆海の中で見つけた(たぶん)グリーンタフのかけら。
水に濡れると更に綺麗なグリーンになります。海に漂うなかで丸く研磨されたのでしょうか・・・。

 

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👆こちらは🕯️『ろうそく岩』🕯️
ろうそく岩は元々『観音岩』と呼ばれていて、その名の通り観音様のような姿をしていましたが風化により観音様の頭部がなくなり、今のろうそく岩となったようです。
今までの岩たちとは違ってかなりごつごつしていて目も粗い岩です。

 

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👆続いて🐮『牛岩(べごいわ)』🐮
正直どこが牛なのか?と見てて頭に疑問符を浮かべています。
この牛岩は見る人によって色々なものに見えるみたいです。ジオサイトの一言説明も「あなたは何に見えますか?」ですし。私は・・・なんだろう・・・。鳥海山・飛島ジオパークのロゴにしか見えない・・・🤔

 

館山崎ジオサイトには他にも『鬼の足跡』、『御前落とし』、『双六漁港』等ありますが例によって時間がなく・・・😑
写真はありませんが御前落としの言い伝えを少し(出たわね)。
以前、寒風山編の記事にて檜山安東氏についてお話したのですが、こちらの御前落としで身を投げた原因は第二次湊合戦でした。前に書いたように、こちらの合戦は檜山安東の勝利なのですが、双六館を根城にしていた安倍千寿丸がついていたのは敗北した湊安東氏。家が負けたら奥方が身を投げる、とは昔の命の重さは現代とは本当に違いますね・・・。
安倍氏は十三湊としてひとくくりにされがちですが、こうしてジオに関わりがあるのは面白いですね。すぐ近くには檜山安東氏の脇本城もありますし。なんかジオには敵味方とか関係ないですね!(まとめ方が雑)。

というわけで館山崎編でした!
グリーンタフは本当に現地に行って観察してみることをおすすめします。男鹿半島・大潟ジオパークガイドブックによると雨に濡れたグリーンタフが綺麗でイイ!と書かれていますが、海なので波に攫われないように気をつけてください!
そして今回私が写真に撮れなかった鬼の足跡・御前落とし・双六漁港もぜひ行ってみてくださいね。

 

へば、まんず👋

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第四回ぶらりジオの旅 ~鵜ノ崎海岸編~

こんにちは、コンバインイクタです😉

今回のぶらりジオの旅は男鹿鵜ノ崎海岸に行ってきました!

 

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鵜ノ崎海岸に来たのはすごく久しぶりでした🌊
一番始めは幼稚園のときに、確か遠足で来たのを思い出します。
それからは夏の時期にぽつぽつと行ってたような🤔
鵜ノ崎は普通の海よりも岩が多いから、サンダルを履いて入るのが必須です⭕

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👆このような岩場です。素足だと痛い! まるで足の裏のツボを押されてる気分だし、何より切れる心配もあります。

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👆でもきれ~~~~~~~~~い‼‼
ここまではスニーカーでも来られます。滑ったら危ないですけどね!
歩いている途中でナマコみたいなのの死骸があって、どうしてこんなところで死んだんだろう・・・とか考えてました。
鳥に食べられそうになったのかな。そもそもナマコなのか・・・?とか。
おおよそ他の人が興味ないことにすごく興味を持ってしまいます。謎。

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👆今日一番の美しさ✨
さすがは秋田のウユニ塩湖と呼ばれる鵜ノ崎海岸です。まあ本物のウユニ塩湖を見たことはないんですけど。
お昼に行ったので、ちょうど太陽が真上に来ていて反射が綺麗でした!これがまた夕方になると趣が違うんでしょうねぇ。

 

こんなに綺麗な海で、しかも遠浅の鵜ノ崎海岸。
だからといって全く危険がないわけではありません。
前述したように岩はゴツゴツしていて、素足のままだと切れる危険性もあります。
また、海水浴場ではないとはいえ溺れない保証もどこにもないのです。これは私の実体験ですが、鵜ノ崎海岸の比較的沖合の方にある岩の上でいとこと遊んでる最中、いとこが波にさらわれ、あわや大惨事になるところでした。
約10年前にも、遊びに来ていた県内の高校生が溺死するといういたましい事故も起きています。

7月に入り、秋田でもとても暑くなってきました。海に入りたい!となる時期ですね。
「自分は大丈夫」「浅いところでしか遊ばない」という
自信は持たないよう、誰にでも水害事故はありえるのだという心持ちを忘れずに楽しみましょう!

へば、まんず👋

Category : ブログ 日記

第三回ぶらりジオの旅 ~寒風山編Part3~

こんにちは、コンバインイクタです😊

さて今回で寒風山編はラストです。
前回前々回とは違い、寒風山の周辺スポットを見て回ります。

 

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👆鬼の隠れ里👹
鬼の隠れ里は、まるで人工的に積み上げたかのような岩が連なっており、これを見た昔の人が「鬼が石を積み重ねて作ったものだ、鬼が住んでいるに違いない」と思ったことから呼ばれることになりました。
岩の中には畳三畳ほどの空間があるみたいです。でも三畳って鬼が住むには小さい・・・小さくない?🤔子どもの鬼の秘密基地だった可能性を唱えたいです。
とまあ、鬼の伝説はともかく。実際には火山の噴火で形成された溶岩ドームの一種、溶岩尖塔(※地下ですでに固結した溶岩あるいは粘性の高い溶山石が、地表におし上げられて、急な丘あるいは塔のような形になったもの)ではないかという説が有力です。
私個人としては、オカルト・妖怪のたぐいが好きなので、鬼の住んでた説の方が浪漫ありますけどね!

鬼の隠れ里にはもう一つ、「弘法大師の硯石(すずりいし)」というスポットがあります。岩に窪みがあって、その中に溜まっている水はいつ見ても涸れていないという話。ほんまなんでしょうか。そこは懐疑的なんかい。
これは科学的に証明されてるやつなのか・・・はたまたオカルト的なやつなのか・・・
男鹿という土地はオカルティックというか、神秘的というか、割とそういった伝説が多いのが面白いところですよね。さまざまな地でこういった鬼の話があるのもそうですが、入道崎のUFOとか。それはまた入道崎編で・・・。

余談ですが、鬼の隠れ里目指して走り回ってたら思いっきりこけたので良い子は広い土地を見つけても走り回らないようにしようね!まさかこれは呪いなのか・・・!?

 

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👆板場の台
いったいどこらへんが板場の台なんだ・・・?と思いながら撮ったんですけど、ちょっと(右に)ズレてるかな・・・
三つの火山口を眺められるのが特徴なんですが、妻恋峠が見えてない・・・見えてなくない?😥
言い訳させてもらうとここらへんはとにかく時間がなくて、めちゃめちゃ急いでいたという事情もあってよく確認せずに撮ってしまって・・・
板場の台の由来には、「周囲よりも平たい地形がまな板を思わせるから」、「狩りに来た領主の一行や寒風山に棲んでいた鬼が食事を作った場所だから」と諸説あるらしいですが、この領主ってまさか・・・安東氏・・・!?
もしかしたら、安東愛季が信長や秀吉に贈っていたという鷹はここで狩っていたのかもしれませんね。

 

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👆ラストは寒風山から少し離れて、滝の頭湧水
こちらも時間がなく、メインの部分には行けませんでしたがよく皆さんがよくお水を汲んでる場所をパシャリ。三枚目は弊HPから奪ってきました(最悪・・・)。
滝の頭の湧水は男鹿市民の生活を支える柱です。しかも夏に来ると涼しい!
「大潟村の飲み水も滝の頭から引っ張ってこれないのか」と仰る村民の方もいらっしゃるんですが、なかなか難しい問題ですね・・・。なんせ村の周りは湖ですからね。八郎湖の残存水だってちゃんと濾過してるから大丈夫ですよ!そりゃ、滝の頭に比べたら美味しくないけど・・・。
とまあ、そんな話は置いといて。もし滝の頭水源の浄水場・水源地を見学される方は敷地内にある管理事務所へお立ち寄りください!

滝の頭の付近にある神社、「今木神社」ではお不動さんでおなじみの不動明王が祀られているそうです。不動明王は梵語でアチャラナータ、「揺るぎない守護者」という意味になります。
つまり男鹿市の水を支えているということですね!なるほどね🤔

 

さて、これにて寒風山編は終わりです。
第三回(のべ六回目)なのにまだまだ慣れない・・・。
この企画の是非や評判がどうあろうと飽きが来ない限り書き続ける所存です。イエェェェェイ🤟🤟
ジオに関しては去年一年間携わったけれど、『ぼくはまだ「マイナス」なんだッ!「ゼロ」に向かって行きたいッ!』という気持ちなので、この企画を通して自分の中でどうにか消化できたらいいよね~なんて・・・

自分語り&記事が長くなりましたが、ひとまずここで!

 

へば、まんず👋

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第三回ぶらりジオの旅 ~寒風山編Part2~

こんにちは、コンバインイクタです🙂
今回も前回に引き続き、寒風山を見て回ります。今回は回転展望台の中!

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👆入り口で入場券を購入していざ・・・
ちなみに入場料は大人・・・550円、小・中・高生が270円になっています。

展望台までの道中には、ジオパークの紹介や男鹿半島の歴史が紹介されています。
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👆これはジオの紹介コーナー。
寒風山周辺のスポットの紹介もあります!なので、まず寒風山に来てから他の場所を見ていくのもアリですね😉

次の階には男鹿の歴史が紹介されています。
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👆こちらは昔、男鹿の人たちが漁などで使っていた道具や防寒具。
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👆これは私の最推し武将親子!
脇本城の特設コーナーは、男鹿市ジオパーク学習センターにもあります。

ここからは安東愛季と実季の話を少し。

 

時は乱世。「北天の斗星」と呼ばれた愛季は15歳で家督を継ぎ、檜山(能代)湊(土崎)の安東氏を統一した功績を持つ方です。能代・土崎という港を確保し、北出羽(秋田)は大きな港町となりました。その過程で、上記の年表の通り脇本城を建築しています。
織田信長とも親交深く、鷹やラッコの皮を贈るなどして従五位上侍従にまで上り詰めました。信長の死後は豊臣秀吉に取り入り、最盛期を築きあげました。
愛季は戦国時代まっただ中の人間。色々な戦をしてきました。その中でも、私が好きな大浦(津軽)為信とも戦っています。為信公にまで話を広げると収集がつかなくなってしまうので割愛しますが、この津軽為信も相当な喧嘩っ早さやり手でまさに「戦国時代の下剋上男」といった人でした。津軽侵攻を目論んでいた愛季を負かしています。
そんなTHE・戦国武将といった愛季でしたが、人生とはわからないものです。角館城の城主・戸沢氏との戦中に大病を患い、密かに脇本城へ戻り息を引き取りました。

そうして愛季が亡くなり、跡継ぎとなったのが弱冠12歳の実季でした。実季には兄がいましたが病死しており、次男の彼にお鉢が回ってきたのです。そんな実季が安東家の跡を継ぐのを不満にした従兄・通季は、実季に対して反乱を起こします(湊合戦)。
この合戦は長きに渡り、実季は実に5ヶ月以上も檜山城に籠城することとなりますが、これは実季方の粘り勝ちで終わります。通季は八郎湖へと逃げ、ぐるーっと回って南部(青森県)氏の元へ降りました。
この後、秀吉の出した惣無事令※豊臣秀吉が大名間の私闘を禁じた法令)に違反した実季はキツいペナルティを受けることとなりました。

さて、年月は流れて1600年。誰もが知る関ヶ原の戦いが起こります。実季はどちらかといえば西軍(石田三成方)との親交がありましたが、日ノ本では圧倒的に徳川家の風が吹いています。そんな実季は家臣からの意見もあり、東軍につくこととなりました。
東北の地では最上義光(山形)と上杉景勝(新潟)の戦いが起きており、もちろん東軍かつ近隣の実季にも最上から援軍要請がかかります。この戦は関ヶ原と同様東軍の勝利で終わりました。
しかし、最上義光は家康宛に「安東は西軍と通じていた」という告発をし、家康もまた石田三成と密にしていた実季に不信感を抱きます。実季は必死に弁明をし、結局裁判沙汰になりましたが、裁判官は全員最上の味方。そんな結果の決まり切った実季はあえなく敗訴というわけです。

裁判の結果秋田の領地は取り上げられ、当時常陸宍戸(茨城)におり西軍方へついていた佐竹氏との交換で実季は転封となりました。そして実季は安東・秋田の姓も、先祖代々の土地も全てを奪われ、秋田安東氏は終焉を迎えました。

ここからは蛇足となりますが、そんな不遇な実季はすっかり幕府に対して拗ねてしまい、朝熊(三重県伊勢市)へ蟄居(※家にこもって謹慎させる刑罰の一種)させられています。その他には正妻との子と側室との子で扱いの差が激しく、正妻との子との不仲から・・・という理由もありますが・・・。

その際の有名なエピソードとして、すっかりボケてしまった実季は父・愛季と自分を模した人形を可愛がっていたという話がありますが、私はそうではなかったんじゃないか、と思います。
しっかりと安東家の家系図を書いて残していますし、そしてなにより、SNSでもキャラクターのぬいぐるみを愛する方というのは見かけますよね。私自身、出かけるときに推しのぬいぐるみを持って「ぬい撮り」をしています。それと同じことなのでは?というのが私の考えです。

彼は歌・書・絵・茶道、そして薬草にも詳しかったとされています。万金丹の一つである「秋田教方万金丹」の作り方を教えたという話もあります。多才な実季でしたが、結局彼の代で秋田安東氏は滅亡してしまいました(安東氏自体はその後も続いています)。政治力に長けていなかったために、最後は産まれ育った秋田を追われ、およそ1000㎞も離れた土地で生涯を終えた彼のことが私はとても好きです。
エピソードだけをかいつまんで聞くと、老人の孤独な生活・・・と思われがちな実季の老後ですが、決してそうではなかったと思います。上述したように家系図を書いたり、気が乗れば絵を描いてみたり、歌を詠んだりして割とスローライフを送っていたんじゃないでしょうか。ちょっと楽しそう。
それでもやっぱり故郷や父親を思い出しては悲しんでいたのだろう、と思うと胸にくるものがありますよね。そういう人間性が面白く、惹かれてしまいます。

実季が朝熊で使っていた食器には、全てツバメが描かれていたと言われています。
「ツバメの帰巣に想いを寄せて、どれ程か秋田に帰りたかったことか」・・・そう侍女は日記に記しています。
私も一度は秋田を出ましたが、再び戻ってきました。彼の為し得なかったことをしているのだと、胸が痛みます。

 

・・・と、全く寒風山と関係のない話が8割を占めてしまいましたね!オタクは話し出すと長い。オタク、そういうところ本当にダメ。しかもジオに関係ある?みたいなね🤔

でもこれで、安東氏という大名のことがもっともっと広まってくれないかな~なんて思ってしまいます。
回転展望台から撮ったパノラマ写真が重すぎて掲載出来ないから安東氏でお茶を濁したというわけじゃないですよ!ええ!決して!!

次回は寒風山周辺の紹介です。やっと寒風山編最終回。

 

へば、まんず👋

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第三回ぶらりジオの旅 ~寒風山編Part1~

みなさんこんにちは、コンバインイクタです😊
第三回ぶらジオは干拓博物館からやや南西、寒風山に登ってきました!
寒風山周辺は見所&ジオサイトが多いので3回に分けて紹介していきたいと思います♪

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IMG_3830👆まずは石碑と男鹿方面から
寒風山が火山だということはこの男鹿半島・大潟ジオパークでの普及活動で知られていることかと思います。私自身も小学校時代、理科の授業で習ったことを記憶しています(確か・・・)
2枚目右側の少し浅めの開けた場所が第一火口、右に比べて深くなっている左側が第二火口です。写真では見切れていますがこの更に左に妻恋峠火口があります。
ここが噴火したら・・・と思うとめちゃくちゃ怖いですね😱

ちなみに、1810年(文化7年)寒風山で噴火したという記録が残されていたという話があります。こちらの真偽は本ジオパークのアドバイザーである林信太郎先生が論文を書かれていて、当時男鹿に滞在していた菅江真澄の日記に記録がないことから虚偽の記録である、とされています。
同時期に男鹿で地震が起こりましたが、そちらの被害報告や前述の菅江真澄の日記、また被災者の証言でも噴火のことは一切書かれておらず、寒風山の噴火被害というのは藩主・佐竹義和から江戸幕府に送られたものだけに書かれていました。
そのことから、1810年の噴火活動は創作だと林先生の論文には書かれています。

ただ、地震は本当に起こったことであり、寒風山にもその地震塚として供養碑等が並んでいます。地震以外にも飢饉の慰霊碑もあります。今回は時間の都合上写真を撮ることは叶いませんでしたが、これらを忘れないために一度足を運んでみるのはいかがでしょうか?

 

IMG_3824👆続いて反対側では、男鹿市払戸方面と大潟村を望むことができます。
今の時期、田んぼは田植えの準備に取りかかっていて、代掻き(田起こしが完了した田んぼに水を張って、土をさらに細かく砕き、丁寧にかき混ぜて、土の表面を平らにする作業)をしています。
そのため、田んぼに張られた水に空が綺麗に反射していますね😊

 

IMG_3847👆見上げると、パラグライダーが数基飛んでいるのが見えました🌄
寒風山はなだらかな、いわゆる芝生山のためパラグライダーが盛んです。今はやってもいいのかわかりませんが、イクタが幼少のみぎりは段ボールをそり代わりにそのなだらかな坂を滑り降りたこともあります😂

 

寒風山のパラグライダーといえば、先日こんなニュースがありました。
大潟村の72歳、パラグライダーで山脈越え太平洋岸へ
秋田の新聞・秋田魁新報に掲載されたものです。大潟村に住んでおり、日本パラグライダー協会の会長、また寒風山パラグライダー教室の校長を務める小野寺さんが正反対の太平洋側・岩手県久慈市まで飛行したというニュースです。
生身で高度数千メートルまで上がるってすごくないですか!?😲
私の場合、飛行機ですら苦手でめったに乗ることはないのに、
生身かつパラグライダーという自分で操作しなければ墜落してしまうもので反対側まで・・・さすがですね✨

そんなわけで、寒風山編Part1でした。次回は回転展望台の中に入っていきます!

 

へば、まんず👋

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第二回ぶらりジオの旅 ~桜並木と菜の花ロード編~

こんにちは、二連続投稿のコンバインイクタです😉

今回のぶらりジオの旅は、今秋田で一番ホット(?)な桜スポット、
桜並木と菜の花ロードです!
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この時期にこのスポットは外せないと。むしろこの時期じゃないとここでぶらジオはできないと。
実は桜のピークは先週末だったんですが、なかなか現場に行くことができなくて・・・😭とんでもない渋滞が発生していたので、せっかちな私では絶対に無理です。
ということで、今朝行ってきました!
月曜日の朝だというのに、結構な数の車やバイクの往来・・・。やはり、秋田のホットスポット・・・!

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この桜並木は村立20周年記念として、村民が1人1本を植樹したことから始まります。その桜の数、全部で3000本!
今は木が倒れてしまったりして、その数は少なくなってはいますがそれでも圧巻の数です🌸
菜の花は村の耕心会(※年金受給者で構成された村民の会)の方々が毎年、丹精込めて栽培しています。
そしてなんと、この菜の花を植えることを提案したのは、当時村議会議長であったイクタの祖父だったとか・・・😲
不思議な縁もあるものですね~

桜は少し散ってしまいところどころ葉桜となってしまっていますが、花びらの舞う中でドライブするというのも幻想的で素晴らしいと思いますよ♪
それに菜の花はまだまだ見頃ですので、ぜひ足を運んでみてくださいね💐
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ただし、この時期の菜の花ロードは車通りも多く、路肩に車を停めて道路を歩いている方も多いのでみなさん事故には気をつけてくださいね。

また、前回の投稿から引き続き、大潟村干拓博物館では「写真展 八郎潟干拓の記憶」を開催しています。
そちらもご一緒にどうぞ!

へば、まんず👋

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第一回ぶらりジオの旅 ~安田海岸編~

こんにちは、コンバインイクタです😊
新年度2回目の投稿!そしてジオパーク業務も2年目になったということで、何か新企画でも立てたいなと。

 

そこで思いついたのが~~・・・
コンバインイクタ🌾
✨ぶらりジオ旅✨

わ~い!👏
この企画は私というド素人目線から、男鹿半島・大潟ジオパークの魅力を見つけていこうというものです。
飽きるまでやります。冗談です。言いだしたからにはちゃんとやります。

 

初回の今日は安田海岸!🌅
👇

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大潟村から車で十数分。こっち方面には、曲がりくねった道を通って高校時代によく自転車で遊びに来ていました。
あの頃は若かったので難なく走ってたけど、今は絶対無理・・・

そんなことを思いながら到着。ごみがいっぱいあったので軽くごみ拾いをして、海岸に降りてみました。

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きれい~!
ただ、準備不足&時間不足で渡れなかったのでね。いつかリベンジします。海見に来ただけかい!

仕方ないので海辺を散策していると、そこらかしこに貝が(当たり前)。

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👆つやつやでどこも壊れてない巻き貝!
妹に見せてあげると、👧「すごくきれい」ってうっとりしていました。
かわいいね。語彙力が一緒。

地層が一番の見所なのに見れなくて悔しい~!ので、絶対また来ます。初回からぐだぐだ・・・。

まずはこんな感じでしょうか!次はどこ行こうかな~!
安田海岸から男鹿半島をぐるっと回ってみるのもいいかな、と思いました。

へば、まんず👋

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