第三回ぶらりジオの旅 ~寒風山編Part3~

こんにちは、コンバインイクタです😊

さて今回で寒風山編はラストです。
前回前々回とは違い、寒風山の周辺スポットを見て回ります。

 

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👆鬼の隠れ里👹
鬼の隠れ里は、まるで人工的に積み上げたかのような岩が連なっており、これを見た昔の人が「鬼が石を積み重ねて作ったものだ、鬼が住んでいるに違いない」と思ったことから呼ばれることになりました。
岩の中には畳三畳ほどの空間があるみたいです。でも三畳って鬼が住むには小さい・・・小さくない?🤔子どもの鬼の秘密基地だった可能性を唱えたいです。
とまあ、鬼の伝説はともかく。実際には火山の噴火で形成された溶岩ドームの一種、溶岩尖塔(※地下ですでに固結した溶岩あるいは粘性の高い溶山石が、地表におし上げられて、急な丘あるいは塔のような形になったもの)ではないかという説が有力です。
私個人としては、オカルト・妖怪のたぐいが好きなので、鬼の住んでた説の方が浪漫ありますけどね!

鬼の隠れ里にはもう一つ、「弘法大師の硯石(すずりいし)」というスポットがあります。岩に窪みがあって、その中に溜まっている水はいつ見ても涸れていないという話。ほんまなんでしょうか。そこは懐疑的なんかい。
これは科学的に証明されてるやつなのか・・・はたまたオカルト的なやつなのか・・・
男鹿という土地はオカルティックというか、神秘的というか、割とそういった伝説が多いのが面白いところですよね。さまざまな地でこういった鬼の話があるのもそうですが、入道崎のUFOとか。それはまた入道崎編で・・・。

余談ですが、鬼の隠れ里目指して走り回ってたら思いっきりこけたので良い子は広い土地を見つけても走り回らないようにしようね!まさかこれは呪いなのか・・・!?

 

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👆板場の台
いったいどこらへんが板場の台なんだ・・・?と思いながら撮ったんですけど、ちょっと(右に)ズレてるかな・・・
三つの火山口を眺められるのが特徴なんですが、妻恋峠が見えてない・・・見えてなくない?😥
言い訳させてもらうとここらへんはとにかく時間がなくて、めちゃめちゃ急いでいたという事情もあってよく確認せずに撮ってしまって・・・
板場の台の由来には、「周囲よりも平たい地形がまな板を思わせるから」、「狩りに来た領主の一行や寒風山に棲んでいた鬼が食事を作った場所だから」と諸説あるらしいですが、この領主ってまさか・・・安東氏・・・!?
もしかしたら、安東愛季が信長や秀吉に贈っていたという鷹はここで狩っていたのかもしれませんね。

 

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👆ラストは寒風山から少し離れて、滝の頭湧水
こちらも時間がなく、メインの部分には行けませんでしたがよく皆さんがよくお水を汲んでる場所をパシャリ。三枚目は弊HPから奪ってきました(最悪・・・)。
滝の頭の湧水は男鹿市民の生活を支える柱です。しかも夏に来ると涼しい!
「大潟村の飲み水も滝の頭から引っ張ってこれないのか」と仰る村民の方もいらっしゃるんですが、なかなか難しい問題ですね・・・。なんせ村の周りは湖ですからね。八郎湖の残存水だってちゃんと濾過してるから大丈夫ですよ!そりゃ、滝の頭に比べたら美味しくないけど・・・。
とまあ、そんな話は置いといて。もし滝の頭水源の浄水場・水源地を見学される方は敷地内にある管理事務所へお立ち寄りください!

滝の頭の付近にある神社、「今木神社」ではお不動さんでおなじみの不動明王が祀られているそうです。不動明王は梵語でアチャラナータ、「揺るぎない守護者」という意味になります。
つまり男鹿市の水を支えているということですね!なるほどね🤔

 

さて、これにて寒風山編は終わりです。
第三回(のべ六回目)なのにまだまだ慣れない・・・。
この企画の是非や評判がどうあろうと飽きが来ない限り書き続ける所存です。イエェェェェイ🤟🤟
ジオに関しては去年一年間携わったけれど、『ぼくはまだ「マイナス」なんだッ!「ゼロ」に向かって行きたいッ!』という気持ちなので、この企画を通して自分の中でどうにか消化できたらいいよね~なんて・・・

自分語り&記事が長くなりましたが、ひとまずここで!

 

へば、まんず👋

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第三回ぶらりジオの旅 ~寒風山編Part2~

こんにちは、コンバインイクタです🙂
今回も前回に引き続き、寒風山を見て回ります。今回は回転展望台の中!

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👆入り口で入場券を購入していざ・・・
ちなみに入場料は大人・・・550円、小・中・高生が270円になっています。

展望台までの道中には、ジオパークの紹介や男鹿半島の歴史が紹介されています。
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👆これはジオの紹介コーナー。
寒風山周辺のスポットの紹介もあります!なので、まず寒風山に来てから他の場所を見ていくのもアリですね😉

次の階には男鹿の歴史が紹介されています。
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👆こちらは昔、男鹿の人たちが漁などで使っていた道具や防寒具。
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👆これは私の最推し武将親子!
脇本城の特設コーナーは、男鹿市ジオパーク学習センターにもあります。

ここからは安東愛季と実季の話を少し。

 

時は乱世。「北天の斗星」と呼ばれた愛季は15歳で家督を継ぎ、檜山(能代)湊(土崎)の安東氏を統一した功績を持つ方です。能代・土崎という港を確保し、北出羽(秋田)は大きな港町となりました。その過程で、上記の年表の通り脇本城を建築しています。
織田信長とも親交深く、鷹やラッコの皮を贈るなどして従五位上侍従にまで上り詰めました。信長の死後は豊臣秀吉に取り入り、最盛期を築きあげました。
愛季は戦国時代まっただ中の人間。色々な戦をしてきました。その中でも、私が好きな大浦(津軽)為信とも戦っています。為信公にまで話を広げると収集がつかなくなってしまうので割愛しますが、この津軽為信も相当な喧嘩っ早さやり手でまさに「戦国時代の下剋上男」といった人でした。津軽侵攻を目論んでいた愛季を負かしています。
そんなTHE・戦国武将といった愛季でしたが、人生とはわからないものです。角館城の城主・戸沢氏との戦中に大病を患い、密かに脇本城へ戻り息を引き取りました。

そうして愛季が亡くなり、跡継ぎとなったのが弱冠12歳の実季でした。実季には兄がいましたが病死しており、次男の彼にお鉢が回ってきたのです。そんな実季が安東家の跡を継ぐのを不満にした従兄・通季は、実季に対して反乱を起こします(湊合戦)。
この合戦は長きに渡り、実季は実に5ヶ月以上も檜山城に籠城することとなりますが、これは実季方の粘り勝ちで終わります。通季は八郎湖へと逃げ、ぐるーっと回って南部(青森県)氏の元へ降りました。
この後、秀吉の出した惣無事令※豊臣秀吉が大名間の私闘を禁じた法令)に違反した実季はキツいペナルティを受けることとなりました。

さて、年月は流れて1600年。誰もが知る関ヶ原の戦いが起こります。実季はどちらかといえば西軍(石田三成方)との親交がありましたが、日ノ本では圧倒的に徳川家の風が吹いています。そんな実季は家臣からの意見もあり、東軍につくこととなりました。
東北の地では最上義光(山形)と上杉景勝(新潟)の戦いが起きており、もちろん東軍かつ近隣の実季にも最上から援軍要請がかかります。この戦は関ヶ原と同様東軍の勝利で終わりました。
しかし、最上義光は家康宛に「安東は西軍と通じていた」という告発をし、家康もまた石田三成と密にしていた実季に不信感を抱きます。実季は必死に弁明をし、結局裁判沙汰になりましたが、裁判官は全員最上の味方。そんな結果の決まり切った実季はあえなく敗訴というわけです。

裁判の結果秋田の領地は取り上げられ、当時常陸宍戸(茨城)におり西軍方へついていた佐竹氏との交換で実季は転封となりました。そして実季は安東・秋田の姓も、先祖代々の土地も全てを奪われ、秋田安東氏は終焉を迎えました。

ここからは蛇足となりますが、そんな不遇な実季はすっかり幕府に対して拗ねてしまい、朝熊(三重県伊勢市)へ蟄居(※家にこもって謹慎させる刑罰の一種)させられています。その他には正妻との子と側室との子で扱いの差が激しく、正妻との子との不仲から・・・という理由もありますが・・・。

その際の有名なエピソードとして、すっかりボケてしまった実季は父・愛季と自分を模した人形を可愛がっていたという話がありますが、私はそうではなかったんじゃないか、と思います。
しっかりと安東家の家系図を書いて残していますし、そしてなにより、SNSでもキャラクターのぬいぐるみを愛する方というのは見かけますよね。私自身、出かけるときに推しのぬいぐるみを持って「ぬい撮り」をしています。それと同じことなのでは?というのが私の考えです。

彼は歌・書・絵・茶道、そして薬草にも詳しかったとされています。万金丹の一つである「秋田教方万金丹」の作り方を教えたという話もあります。多才な実季でしたが、結局彼の代で秋田安東氏は滅亡してしまいました(安東氏自体はその後も続いています)。政治力に長けていなかったために、最後は産まれ育った秋田を追われ、およそ1000㎞も離れた土地で生涯を終えた彼のことが私はとても好きです。
エピソードだけをかいつまんで聞くと、老人の孤独な生活・・・と思われがちな実季の老後ですが、決してそうではなかったと思います。上述したように家系図を書いたり、気が乗れば絵を描いてみたり、歌を詠んだりして割とスローライフを送っていたんじゃないでしょうか。ちょっと楽しそう。
それでもやっぱり故郷や父親を思い出しては悲しんでいたのだろう、と思うと胸にくるものがありますよね。そういう人間性が面白く、惹かれてしまいます。

実季が朝熊で使っていた食器には、全てツバメが描かれていたと言われています。
「ツバメの帰巣に想いを寄せて、どれ程か秋田に帰りたかったことか」・・・そう侍女は日記に記しています。
私も一度は秋田を出ましたが、再び戻ってきました。彼の為し得なかったことをしているのだと、胸が痛みます。

 

・・・と、全く寒風山と関係のない話が8割を占めてしまいましたね!オタクは話し出すと長い。オタク、そういうところ本当にダメ。しかもジオに関係ある?みたいなね🤔

でもこれで、安東氏という大名のことがもっともっと広まってくれないかな~なんて思ってしまいます。
回転展望台から撮ったパノラマ写真が重すぎて掲載出来ないから安東氏でお茶を濁したというわけじゃないですよ!ええ!決して!!

次回は寒風山周辺の紹介です。やっと寒風山編最終回。

 

へば、まんず👋

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第三回ぶらりジオの旅 ~寒風山編Part1~

みなさんこんにちは、コンバインイクタです😊
第三回ぶらジオは干拓博物館からやや南西、寒風山に登ってきました!
寒風山周辺は見所&ジオサイトが多いので3回に分けて紹介していきたいと思います♪

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IMG_3830👆まずは石碑と男鹿方面から
寒風山が火山だということはこの男鹿半島・大潟ジオパークでの普及活動で知られていることかと思います。私自身も小学校時代、理科の授業で習ったことを記憶しています(確か・・・)
2枚目右側の少し浅めの開けた場所が第一火口、右に比べて深くなっている左側が第二火口です。写真では見切れていますがこの更に左に妻恋峠火口があります。
ここが噴火したら・・・と思うとめちゃくちゃ怖いですね😱

ちなみに、1810年(文化7年)寒風山で噴火したという記録が残されていたという話があります。こちらの真偽は本ジオパークのアドバイザーである林信太郎先生が論文を書かれていて、当時男鹿に滞在していた菅江真澄の日記に記録がないことから虚偽の記録である、とされています。
同時期に男鹿で地震が起こりましたが、そちらの被害報告や前述の菅江真澄の日記、また被災者の証言でも噴火のことは一切書かれておらず、寒風山の噴火被害というのは藩主・佐竹義和から江戸幕府に送られたものだけに書かれていました。
そのことから、1810年の噴火活動は創作だと林先生の論文には書かれています。

ただ、地震は本当に起こったことであり、寒風山にもその地震塚として供養碑等が並んでいます。地震以外にも飢饉の慰霊碑もあります。今回は時間の都合上写真を撮ることは叶いませんでしたが、これらを忘れないために一度足を運んでみるのはいかがでしょうか?

 

IMG_3824👆続いて反対側では、男鹿市払戸方面と大潟村を望むことができます。
今の時期、田んぼは田植えの準備に取りかかっていて、代掻き(田起こしが完了した田んぼに水を張って、土をさらに細かく砕き、丁寧にかき混ぜて、土の表面を平らにする作業)をしています。
そのため、田んぼに張られた水に空が綺麗に反射していますね😊

 

IMG_3847👆見上げると、パラグライダーが数基飛んでいるのが見えました🌄
寒風山はなだらかな、いわゆる芝生山のためパラグライダーが盛んです。今はやってもいいのかわかりませんが、イクタが幼少のみぎりは段ボールをそり代わりにそのなだらかな坂を滑り降りたこともあります😂

 

寒風山のパラグライダーといえば、先日こんなニュースがありました。
大潟村の72歳、パラグライダーで山脈越え太平洋岸へ
秋田の新聞・秋田魁新報に掲載されたものです。大潟村に住んでおり、日本パラグライダー協会の会長、また寒風山パラグライダー教室の校長を務める小野寺さんが正反対の太平洋側・岩手県久慈市まで飛行したというニュースです。
生身で高度数千メートルまで上がるってすごくないですか!?😲
私の場合、飛行機ですら苦手でめったに乗ることはないのに、
生身かつパラグライダーという自分で操作しなければ墜落してしまうもので反対側まで・・・さすがですね✨

そんなわけで、寒風山編Part1でした。次回は回転展望台の中に入っていきます!

 

へば、まんず👋

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第二回ぶらりジオの旅 ~桜並木と菜の花ロード編~

こんにちは、二連続投稿のコンバインイクタです😉

今回のぶらりジオの旅は、今秋田で一番ホット(?)な桜スポット、
桜並木と菜の花ロードです!
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この時期にこのスポットは外せないと。むしろこの時期じゃないとここでぶらジオはできないと。
実は桜のピークは先週末だったんですが、なかなか現場に行くことができなくて・・・😭とんでもない渋滞が発生していたので、せっかちな私では絶対に無理です。
ということで、今朝行ってきました!
月曜日の朝だというのに、結構な数の車やバイクの往来・・・。やはり、秋田のホットスポット・・・!

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この桜並木は村立20周年記念として、村民が1人1本を植樹したことから始まります。その桜の数、全部で3000本!
今は木が倒れてしまったりして、その数は少なくなってはいますがそれでも圧巻の数です🌸
菜の花は村の耕心会(※年金受給者で構成された村民の会)の方々が毎年、丹精込めて栽培しています。
そしてなんと、この菜の花を植えることを提案したのは、当時村議会議長であったイクタの祖父だったとか・・・😲
不思議な縁もあるものですね~

桜は少し散ってしまいところどころ葉桜となってしまっていますが、花びらの舞う中でドライブするというのも幻想的で素晴らしいと思いますよ♪
それに菜の花はまだまだ見頃ですので、ぜひ足を運んでみてくださいね💐
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ただし、この時期の菜の花ロードは車通りも多く、路肩に車を停めて道路を歩いている方も多いのでみなさん事故には気をつけてくださいね。

また、前回の投稿から引き続き、大潟村干拓博物館では「写真展 八郎潟干拓の記憶」を開催しています。
そちらもご一緒にどうぞ!

へば、まんず👋

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第一回ぶらりジオの旅 ~安田海岸編~

こんにちは、コンバインイクタです😊
新年度2回目の投稿!そしてジオパーク業務も2年目になったということで、何か新企画でも立てたいなと。

 

そこで思いついたのが~~・・・
コンバインイクタ🌾
✨ぶらりジオ旅✨

わ~い!👏
この企画は私というド素人目線から、男鹿半島・大潟ジオパークの魅力を見つけていこうというものです。
飽きるまでやります。冗談です。言いだしたからにはちゃんとやります。

 

初回の今日は安田海岸!🌅
👇

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大潟村から車で十数分。こっち方面には、曲がりくねった道を通って高校時代によく自転車で遊びに来ていました。
あの頃は若かったので難なく走ってたけど、今は絶対無理・・・

そんなことを思いながら到着。ごみがいっぱいあったので軽くごみ拾いをして、海岸に降りてみました。

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きれい~!
ただ、準備不足&時間不足で渡れなかったのでね。いつかリベンジします。海見に来ただけかい!

仕方ないので海辺を散策していると、そこらかしこに貝が(当たり前)。

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👆つやつやでどこも壊れてない巻き貝!
妹に見せてあげると、👧「すごくきれい」ってうっとりしていました。
かわいいね。語彙力が一緒。

地層が一番の見所なのに見れなくて悔しい~!ので、絶対また来ます。初回からぐだぐだ・・・。

まずはこんな感じでしょうか!次はどこ行こうかな~!
安田海岸から男鹿半島をぐるっと回ってみるのもいいかな、と思いました。

へば、まんず👋

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大潟村は田植えの時期です!

みなさんこんにちは、コンバインイクタです😄

現在の大潟村は田植えの時期を迎えています!村道には育苗箱を積んだ軽トラックが行き交っていて、もうすぐ梅雨だな~と感じますね☔
そんなコンバインイクタ家の農業用ハウスも、すっかり緑に染まっていました。

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👆もうすぐ田んぼに植えられる子たち。

その横を進んでいくと・・・
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白い点々が無数に転がっているハウスが!
実はこの白い点々は全部貝殻🐚です。

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👆足下にも!

この土地がかつて海で、そして湖だった時代のなごりが、このヤマトシジミの貝殻たちなのです。当博物館の入り口にも剥ぎ取り標本が飾られているので、ぜひ!
そして大潟村に来られた際は、ぜひ地面にも目を向けてみてください。もしかしたら、貝殻が無数に落ちているか も!?

へば、まんず👋

Category : 日記

桜と菜の花の見頃終了まで、もう少し!

みなさんこんにちは、コンバインイクタです😄

この土日の天気はひどかったですね。特に日曜は暴風警報が発令され、家の中にいても風の音がビュウビュウ聞こえてました。
みなさんの地域はいかがだったでしょうか?被害等ありませんか?

コンバインイクタ家の農業用ハウスは、せっかくかけたビニールが吹き飛んでしまい、また最初からやり直しになってしまいました😭
ただ、近所のみなさんが「イクタさん家、ビニール飛んでるよ!」と電話をくださっていて、まさに共助だと思いました。近所付き合いの盛んな大潟村ならではですね😊

そんなお足元の悪い中でも、大潟村の桜と菜の花ロードには、たくさんの観光客の方が来てくださりました!そして、ここ干拓博物館と現在開催中の「春夏秋冬 大潟」にも大勢ご来場いただきました。ありがとうございます。

桜と菜の花の開花状況ですが、桜の方は今がいちばんの見頃です。暴風雨の影響でところどころ葉桜になっているところもありますが、全体的には綺麗に咲いています。来週には散ってしまいそうな雰囲気ですので、観光はお早めに!(今週の大潟村の天気予報、今のところは毎日晴れの予報です😊)
4月19日現在の状況🔽

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続いて、こちらは菜の花です🔽

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菜の花はもうちょっとですね。今週中には満開になるかな?という感じです。

コンバインイクタのおすすめは、やはり八郎潟方面から走ってくるルートでしょうか。御幸橋を越えた先の視界いっぱいに広がる桜と菜の花のコントラストは、何年暮らしていても感動するものがあります。
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」(川端康成著・雪国)ならぬ、「御幸橋を越えたら桜並木であった。」……とか、どうでしょう?😏

この時期の菜の花ロードは車通りも多く車を停めて歩いている方も多いので、みなさん事故には気をつけてくださいね。
また、観るのは外といえども遊びに来る際は感染症予防を忘れずに!
もちろん私たちも、館内の消毒・換気をして万全な感染症対策をしながらお待ちしております♪

へば、まんず👋

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大潟村内の野鳥 オオセッカ

みなさん、こんにちは!大潟村Zekkyです♪

大潟草原鳥獣保護区内のオオセッカです。

オオセッカ

日本では、1973年に大潟村で初めて繁殖を確認。その後、

2010年まで村内で確認できず、途絶えたと思われていましたが

2010年に大潟村鳥獣保護区内で繁殖を確認、

そして、先週木曜、このお姿でございます。

文献をあさると、いかに希少であるかをしみじみを思います。。。

 

 

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日本地球惑星科学連合大会に行ってきます

みなさん、こんにちは!大潟村Zekkyです♪

タイトルの大会、25日からジオパーク関係で参加して参ります。

このタイトルもネタにするのも、もうかれこれ4回目になりますかね。

庁内での予定共有で、『今週は、地球惑星科学連合に行きます』と

言うといまだにドヨめきます。

私も教室やイベントを打つ身ですので、これくらいの正式名称は言えないが

だれの記憶にも鮮明に残るようなパワーワードを考え出したいものです。

もはや、発想と言うか、勇気と言うか、いかにその企画が自分のモノに

なっているのかという問題ですかね。

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桜と菜の花ロード、間もなくです。

みなさん、こんにちは!大潟村Zekkyです♪

昨日の16時に撮ってきました。

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桜と菜の花ロード、間もなく旬を迎えます。

大型連休の始まり(27日)ですと、やっぱり最盛期は過ぎますかねぇ。

 

 

 

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