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男鹿半島・大潟ジオパーク_ジオの旅マップ

寒風山 安田海岸 西黒沢海岸 入道崎 八望台 男鹿水族館付近 潮瀬崎 館山崎 鵜ノ崎 生鼻崎 大潟村

地図上のエリアをクリックすると詳しい情報が表示されます。
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1.寒風山

男鹿半島・大潟ジオパーク_寒風山_溶岩じわ

およそ2万年前の火山活動により、今の形になりました。
男鹿半島の地層観察のスタート地点として最適です。
男鹿石の採掘や、豊富な湧き水など人間生活との関係も深いサイトです。

  • 男鹿半島・大潟ジオパーク_寒風山_第二火口
  • 男鹿半島・大潟ジオパーク_寒風山_鬼の隠れ里

標高355mの寒風山は小さな火山です。噴火のたびに安山岩の溶岩が積み重なり、次第に高く大きくなって今の形になりました。火口や、粘り気の少ない溶岩が流れたときにできた溶岩表面の地形【写真1】などが観察できます。

第二火口【写真2】の底には冷風が吹き出す風穴[ふうけつ]があります。山のまわりには湧き水も多く、その1つ、滝の頭[たきのがしら]の湧水[ゆうすい]は、男鹿市の大切な水源です。

鬼の隠れ里【写真3】は、固まりかけた溶岩が地下から柱のように押し上げられ、それが壊れて崩れ落ちたものと考えられています。

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2.安田海岸

男鹿半島・大潟ジオパーク_安田海岸

貝やヒシの実などいろいろな種類の化石、泥層や砂層や礫層、そして火山灰層もあり、まさに地層の博物館です。小中学生から専門家まで見のがせないサイトです。

  • 男鹿半島・大潟ジオパーク_安田海岸_密集した貝化石
  • 男鹿半島・大潟ジオパーク_安田海岸_洞爺湖火山灰層
  • 男鹿半島・大潟ジオパーク_安田海岸_亜炭層_阿蘇1火山灰層

海にそって500m以上続く崖[がけ]に、およそ50万年前から8万年前までの地層がほとんど切れ目なく現われています。
化石が多く、貝【写真2】をはじめ有孔虫[ゆうこうちゅう](原生生物)・甲殻[こうかく]類・ウニ類・魚類など様々な動物や、石炭になりかけた植物の層(亜炭[あたん])【写真4】も見られます。

北海道の洞爺[とうや]カルデラや九州の阿蘇山[あそさん]、北朝鮮と中国国境の白頭山[はくとうさん]などから飛んできた火山灰【写真3】の薄い地層がところどころに挟まれています。また典型的な傾斜不整合【写真1】や、地層の傾きが下の(古い)地層ほど大きくなっている現象も見られます。

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3.西黒沢海岸

男鹿半島・大潟ジオパーク_西黒沢海岸

現在の日本列島がユーラシア大陸から離れ、できたばかりの日本海で作られた地層が見られます。
様々な種類の海の生物の化石が含まれているばかりでなく、陸の生物の化石も出てきます。

  • 男鹿半島・大潟ジオパーク_西黒沢海岸_ホタテガイ類の化石
  • 男鹿半島・大潟ジオパーク_西黒沢海岸_ウニの化石
  • 男鹿半島・大潟ジオパーク_西黒沢海岸_松ぼっくりの化石

男鹿半島の中で、海で堆積した一番古い地層(およそ1500万年前)が観察できます。
波打ち際には、平らな地層の面(かつての海底面)が広く現れています【写真1】。ホタテガイの仲間【写真2】・カキなどの貝類やウニ【写真3】、海綿[かいめん]、大型有孔虫など、海の生物の化石が豊富です。松ぼっくり【写真4】や二枚貝のフナクイムシに穴だらけにされた木材も見られ、パレオパラドキシア(体型がカバに似た哺乳類)のあごの骨も見つかっています。この頃、このあたりは浅い海で、気候は亜熱帯のような暖かさだったことが、化石の種類から推定できます。

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4.入道崎

男鹿半島・大潟ジオパーク_入道崎

男鹿半島で最も古い岩石からなる地域です。
7,000万年前の火山噴出物や、さらに古い、恐竜がいた時代(9,000万年前)にできた花こう岩も見られます。

  • 男鹿半島・大潟ジオパーク_入道崎_鹿落とし
  • 男鹿半島・大潟ジオパーク_入道崎_花こう岩礫

入道崎一帯の崖は、火山から噴出した高温の火山灰や火山礫などが陸上に堆積してできた溶結凝灰岩[ようけつぎょうかいがん]【写真2,3】が見られます。濃い緑色をしており、ピンク色の礫をたくさん含んでいます【写真3】。ピンクの礫は、マグマが地下から上ってくるときに、その通り道にあった花こう岩を壊し取り込んできたものです。この花こう岩は男鹿半島で一番古い(9,000万年前)岩石で、鬼の田っこ海岸【写真1】で観察できます。

入道崎の溶結凝灰岩が崩れて、波の力で磨かれたものが、男鹿の名物「石焼料理」に使われます。

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5.八望台

男鹿半島・大潟ジオパーク_八望台から見た戸賀湾と二ノ目潟

一ノ目潟、二ノ目潟、三ノ目潟と戸賀湾を望む八望台(三ノ目潟は地形のくぼみしか分かりません)。これら3つの目潟と戸賀湾は火山です。目潟の噴出物には、地下数10㎞にある貴重な岩石も含まれています。一ノ目潟の湖底には、一年毎に堆積した地層が数万年分たまっています。

  • 男鹿半島・大潟ジオパーク_一ノ目潟
  • 男鹿半島・大潟ジオパーク_一ノ目潟_カンラン岩

3つの目潟【写真1は二ノ目潟と戸賀湾】は、いずれもマールと呼ばれる火山です。噴火後、地下水が火口を満たし、湖になったのです。8万年前から2万年前にかけて、それぞれがほぼ1回の活動でできました。一ノ目潟【写真2】の噴出物には、ボーリングでも届かないほど地下深くの岩石(カンラン岩【写真3】など)が多く含まれており、地球の内部を知るための貴重な情報源になっています。

戸賀湾【写真1】は、42万年前の活動でできた火口のほぼ西半分が入り江になったものです。この火山から出た軽石は湾の周りや、安田海岸と脇本の地層(鮪川層)の中に残っています。

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6.男鹿水族館付近

男鹿半島・大潟ジオパーク_男鹿水族館付近

岩の割れ目にそって地下深くから上ってきたマグマが、途中で冷え固まってしまうことがあります。それを岩脈[がんみゃく]といいます。男鹿半島では無数の岩脈が見られます。

  • 男鹿半島・大潟ジオパーク_男鹿水族館付近_岩脈
  • 男鹿半島・大潟ジオパーク_男鹿水族館付近_岩脈

水族館のすぐ前の岬は平坦な地形になっており、ここには小豆[あずき]色の岩石が分布しています【写真1】。
これは、火口から噴出した溶岩が地上に流れて固まったものです。水族館の右手に見える、とがって高くそびえる岩石【写真2】は灰色で、小豆色の岩石とは種類が違います。幅は数mに過ぎませんが、北東から南西に長く伸びています。これは岩脈です。
このあたりには、表面が薄い黄緑色の岩石【写真3】や黒い色の岩石でできた岩脈もあり、みなほぼ同じ方向に並んでいます。

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7.潮瀬崎

男鹿半島・大潟ジオパーク_潮瀬崎

ゴジラ岩はおよそ3,000万年前の火山噴出物でできています。
その下にある泥岩や砂岩は、含まれている化石からみて、海でできた可能性があります。

  • 男鹿半島・大潟ジオパーク_潮瀬崎_火山礫凝灰岩
  • 男鹿半島・大潟ジオパーク_潮瀬崎_火山礫凝灰岩
  • 男鹿半島・大潟ジオパーク_潮瀬崎_岩床

潮瀬崎一帯【写真1】は平らな地形になっており、そこに大小様々な岩が立ち並んでいます。ゴジラ岩もその一つです。これらをつくっているのは、主に火山礫凝灰岩[かざんれきぎょうかいがん]【写真2】で、火山の噴出物です。火山礫凝灰岩層の下には、白っぽい泥岩の地層があります。地層の境界は、普通、平らなのですが、ここでは境界が曲がっていたり、下の泥岩が上の層に食い込んだりしている様子を見ることができます【写真3】。
マグマがほぼ水平に入り込んで冷え固まったもの(岩床[がんしょう])【写真4】も見ることができます。岩床の上の方には、数本の岩脈も伸びています。

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8.館山崎

男鹿半島・大潟ジオパーク_館山崎

2,000万年前ごろの火山噴出物が観察できます。
多量の火山灰や火山礫が積み重なってできた岩石(火山礫凝灰岩[かざんれきぎょうかいがん])の一部は、変質して緑色になっています。

  • 男鹿半島・大潟ジオパーク_館山崎_火山礫凝灰岩
  • 男鹿半島・大潟ジオパーク_館山崎_火山礫凝灰岩

表面が大きく凹凸した崖に、厚く積もった火山礫凝灰岩[かざんれきぎょうかいがん]が現われています。近寄って見ると、細かい火山灰の中に大小様々なたくさんの礫が入っており、その大きさが上の方へ次第に小さくなっているところがあります【写真3】。
これは堆積した場所に水があったことによるものです。このあたりの火山礫凝灰岩は本来は白い色ですが、緑色になった部分があり【写真1】、グリーンタフ(緑色凝灰岩)という名称のもとになりました。
江戸時代の紀行家・菅江真澄は、真っ白な凝灰岩を「まいたけの岩」【写真2】と呼びました。

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9.鵜ノ崎

男鹿半島・大潟ジオパーク_鵜ノ崎

深さ2000mを超える深海底に積もった泥でできた地層です。
この時代の泥岩は石油根源岩(石油の源となった岩石)と考えられており、秋田県内に広く分布しています。

  • 男鹿半島・大潟ジオパーク_鵜ノ崎_しゅう曲
  • 男鹿半島・大潟ジオパーク_鵜ノ崎_魚の化石

海面すれすれの平らな地形が、沖の数百mまで広がっています。そこに現われている泥岩層は、ゆるく傾いているため、硬い部分が突き出して洗濯板状【写真1】になっています。それが沖合いで弧を描いていることから【写真2】、地層が曲がっていることが分かります。この現象を褶曲[しゅうきょく]といいます。

泥岩のもとになった泥は、当時の海で大繁殖したケイソウという植物プランクトンの死がいなので、泥岩はケイソウの殻に含まれている珪酸[けいさん]分に富んでいます。泥岩が平らに割れた面には、魚の骨やウロコの化石【写真3】が見られることがあります。

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10.生鼻崎

男鹿半島・大潟ジオパーク_生鼻崎

30km近く離れた秋田市からも見える巨大な露頭[ろとう]です。見事な地層の縞模様が見えます。
深かった海が隆起[りゅうき]によって次第に浅くなっていく過程でできた地層です。

  • 男鹿半島・大潟ジオパーク_生鼻崎_ハリナデシコガイの仲間の化石
  • 男鹿半島・大潟ジオパーク_生鼻崎_しゅう曲

色の薄い層と濃い層が交互に重なり、東に30度ほど傾いています【写真1】。色の薄い層は泥岩、濃い層は砂岩です。やや深い海の底に泥が堆積しているところへ、地震などをきっかけにして浅い方から砂が流れ込んできました。それが何度も繰り返され、このような地層の重なりができたと考えられます。そのため、貝化石もハリナデシコガイの仲間など深い海の種【写真2】とエゾシラオガイの仲間のような浅い海の種が見つかります。
以前この付近では、地層が激しく褶曲[しゅうきょく]している様子が見られました【写真3】。

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11.大潟村

大潟村

男鹿半島・大潟ジオパーク_大潟村

かつて日本最大の潟湖だった八郎潟は、1957 年(昭和32 年)から国の直轄[ちょっかつ]事業として干拓工事が行われ、20年の歳月と852億円の巨費をかけて、17000ヘクタールの大地に生まれ変わりました。そして、この海抜ゼロメートルに満たない人工の大地に誕生したのが、大潟村です。

大潟村干拓博物館

男鹿半島・大潟ジオパーク_大潟村_大潟村干拓博物館

八郎潟の干拓事業と大潟村の歴史・農業・環境をテーマにした博物館。
干拓の概要などをジオラマや大型マルチスクリーンで紹介する常設展示のほか、年間を通じて様々な企画展示を実施しています。

毎月第2・第4火曜日(10月~3月は毎週火曜日)休館、入館料300円。

八郎潟干拓碑

男鹿半島・大潟ジオパーク_大潟村_八郎潟干拓碑

八郎潟の干拓は1957年に始まり、1964年には湖底が姿を現した地点が一般に公開され、干陸式が行われました。この式典が行われた場所には「八郎潟干拓碑」が建立され、関係者の干拓工事への思いを知ることができます。また、その入り口には、干拓前と干拓後の八郎潟の水位を示す標柱が設けられ、八郎潟の水深を実感することができます。

経緯度交会点

男鹿半島・大潟ジオパーク_大潟村_経緯度交会点

緯度と経度が整数値で交わる地点を交会点といいます。大潟村には、北緯40 度、東経140度のラインが交わる地点があり、標示塔のモニュメントが立っています。10度単位で交差しているのは、日本の陸地ではここ1カ所だけです。

大潟富士

男鹿半島・大潟ジオパーク_大潟村_大潟富士

高さは3.77メートルで、富士山の1/1000。頂上がかつての八郎潟の水面の高さ、海抜ゼロメートルとなっている日本一低い山です。山頂まではゆっくり歩いても数十秒でたどりつけます。隣接の干拓記念水位塔も干拓前の八郎潟の湖面の位置を伝えています。

南部排水機場

男鹿半島・大潟ジオパーク_大潟村_南部排水機場

八郎潟の干拓によってできた広い大地を維持・管理するため、大潟村には様々な施設があります。干拓地内の雨水などの排水は、南部、北部、方口の3カ所の排水機場で行っています。このうち南部排水機場では、ポンプで中央幹線排水路から水を汲み上げ調整池(八郎潟湖)に排出しているほか、西部承水路の水位調整も行っています。

防潮水門

男鹿半島・大潟ジオパーク_大潟村_防潮水門

八郎潟は日本海とつながった汽水湖でした。干拓後は船越水道に設けられた防潮水門で海水はさえぎられ、残った湖は淡水化されています。全長370mの水門は、海水の浸入を防ぐだけでなく、周辺地域から流れ込む水を調節し、調整池(八郎湖)の水位を一定に保つ役目もしています。

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